『また　いっしょに　はしるし』


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春風が吹き抜ける。
広い草原で、2匹のたぬきがかけっこをしていた。

「負けないしぃ～！」
「こっちこそだし！！」
たぬきらしいノタノタとした走り方だが、2匹のスピードは伯仲していた。

やがて決着がついたのか、2匹は芝生の上に倒れるように寝転ぶ。
ハァハァと荒い息をつきながら、お互いを讃えた。
「やっぱり速いし！　すごいし！！」
「そっちもすごいし！　ちょっとの差だったし！」
心の底から楽しそうな笑顔。
2匹は、親友であり、ライバルでもあった。


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次の日。
たぬき達は、飼い主である男性から大事なことを告げられた。

「たぬきが…たぬカーになれるし！？」
「ああ、そうだ。頑張ったな！」
「ほ…ほんとうかし…！　やったし……！！」
たぬカーとして選ばれたたぬきが、感動に身を震わせる。
「すごいし！　おめでとうだし！！」
親友たぬきが、モチモチと拍手する。

たぬき達は、この「牧場」で生まれて以来、ずっと教えられてきた。
人間と共に生き、役立つ、素晴らしい存在。それがたぬカーであると。

たぬカーになる日を夢見て…その日に備えて、よく食べ、よく寝て、かけっこに励んできたのだ。

「頑張るんだぞ！」
「はいし！！！　たぬきはっ…やりますし！！」
ぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現するたぬき。
しかし、あることに思い至った。
「あっ…でも………し……」
動きを止め、親友たぬきを見つめる。

今回たぬカーになれるのは1匹だけ。

避けられぬ別れ。
一緒に育ち、遊び、走ってきた親友と、これからは違う場所で暮らすことになる。

ションボリ顔をするたぬきの両頬を、親友たぬきがモチィと揉んだ。
「……たぬきのことは、気にするなし！　立派なたぬカーになってほしいし！」
「しぃ………」
「たぬきも、すぐにたぬカーになるし！　そしたら……また一緒にかけっこするし！！」
親友たぬきの暖かい言葉を受け、たぬきの目尻に涙が盛り上がる。
「じぃいいいい！！！　ありがとうだじ！！　ぜったい…やぐぞぐだじ！！」
「ぐすっ……もちろんだし！」
しっかりと抱き合う2匹。

再会の誓い。美しき友情。

「…よし、じゃあ行こうか。車が待ってる」
男性が促す。
「はいし…」
涙を拭き、たぬきが親友たぬきに、笑顔で別れの挨拶をする。
「ちょっとだけ、ばいばいし！　いってくるし！！」
「いってらっしゃいし！！」

2匹は、お互いが見えなくなるまで、手を振りあっていた。


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…
……

初夏。
とある民家の庭にある、錆の浮いたプレハブの物置。

（はしるし……はしるし……げんきにはしるし……）

たぬカーは、その中に居た。

（はしるし……はしるし……たぬミルクではしるし……）

一か月ほど前に、ここに住む家族によって購入された。
両親と、5歳の男の子。
元気盛りの男の子は、大喜びでたぬカーを乗り回し……

一週間で飽きた。
たぬカーは見向きもされなくなり、その後はずっと、この物置に押し込めらている。

（のってし……のってし……たぬカーにのってし……）

暗闇の中で、たぬカーは虚ろな表情のまま前を見つめる。
カビ臭い空気のためか、鼻先だけが時折ヒクヒクと動いていた。

（はしるし……はしるし……げんきにはしるし……）

全身にうっすらと積もる埃。

（のってし……のってし……たぬカーにのってし……）
（はしるし……はしるし……
（のってし……


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そんなある日。
物置の扉が、ガタガタと開かれた。

「えーっと、どこに置いたっけ…」
扉を開けたのは、男の子の父親。探し物があり、久しぶりに物置を開けたのだ。

その視界に、埃をかぶったたぬカーが入った。

「おっ……たぬカーか…」
父親は何か思いついたような顔をすると、背後を振り返る。
誰も見ていないことを確認すると、たぬカーを物置から引っ張り出した。
子供が楽しそうにたぬカーに乗る姿を見て、自分も一度乗ってみたいと思っていたのだ。

たぬカーには制限重量があり、大人の体重は支えられないと言われている。

とはいえ、ちょっとだけなら…一瞬なら、大丈夫だろう。どうせもう子供は乗らないし。
父親はそう自分に言い聞かせた。

「燃料は残ってるかな…まぁ、ちょっと入れればいいか」
（いれてし……いれてし……たぬミルクいれてし……）
父親が、物置の棚から、たぬミルクの入ったノズル付きの容器を取ってくる。
パンパンとたぬカーの埃を払い、そのシッポを持ち上げた。
そして、たぬミルクを補給すべく…たぬカーの肛門にノズルを挿入した。
たぬカーが、大きく震える。
（たぬミルクがはいってくるし……はいってくるし……はいってくるし……）
久しぶりのたぬミルク。しかし、補給は一瞬だけ。
すぐさまノズルが引き抜かれ、たぬカーが再び大きく震えた。
（はしるし……はしるし……たぬミルクではしるし……）

父親はたぬミルクを棚に片付け、たぬカーを跨ぐように立つ。
そして。
たぬカーに衝撃を与えぬように、そっと腰を下ろそうとした。

それが良くなかった。

シートの位置が思ったより低く、父親は思わず尻餅をついてしまう。
「わっ！」
ズシン

制限重量の、3倍。

たぬカーの中で何かが歪み、そしてちぎれる音がした。

ﾒｷｮｯ ﾌﾞﾁﾌﾞﾁｯ
「ﾝﾌﾞｼｯ!」
声帯の無いたぬカー。
その鼻の奥から、濁った音が漏れる。

「っとと、いかんいかん…！」
父親は慌てて立ち上がった。

見ると、たぬカーはシートのあたりでくの字に曲がっていた。
頭部は仰け反ったように斜め上を向いている。
その左右の鼻の穴から、赤黒いたぬオイルがドロリと垂れていた。

「…やっちゃった？」
父親が、レバーを握ってみる。
たぬカーは動かなかった。

（なおしてし……なおしてし……こわれてはしれないし……）

「…見なかったことにするか」
父親はたぬカーを物置の奥に押し込み、本来の探し物に戻ることにした。

（なおしてし……なおしてし……こわれてるし……おみせにもっていってし……）
（はしれないし……はしれないし……
（なおしてし……


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季節は巡り、秋。
たぬカーは、ずっとそのままだった。

（たぬミルクないし……たぬミルクないし……たぬミルクいれてし……）

たぬミルクは、ただ燃料というだけではない。
たぬカーにとって必要な栄養も含まれており、僅かずつではあるが吸収し、たぬカーは機能を保っているのだ。
月に1回は少量のたぬミルクを補給する必要があると、購入時には必ず案内される。

このたぬカーも、父親が定期的にたぬミルクを補給していたのが……あの日以来、もう4か月も放置されている。
たぬミルクはとうに尽きていた。

（なおしてし……なおしてし……こわれてるし……おみせにもっていってし……）

毛の多くは抜け落ち、頬はこけている。
全身が痩せこけ、肌越しにフレームがはっきりと浮き上がっていた。
顔には、何重にも蜘蛛の巣が張っている。

（たぬミルクないし……たぬミルクないし……たぬミルクいれてし……）

たぬカーの視線のちょうど先に、棚に置かれたたぬミルクがあった。
しかし、それを自ら補給する術は、たぬカーには無い。

（たぬ…………ミルク………いれてし………）


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そのままさらに数日。
ついに、たぬカーの意識が混濁し始める。

（…………………………………………）

たぬカーの目の前に、ある風景がフラッシュバックした。

どこまでも広がる空。
風の吹き抜ける草原。
なぜか、必死に走っている。なぜか。

（はし……るし……はしる…し……げんきにはしるし……）

まぶたがピクピクと痙攣する。

しかし次の瞬間。
たぬカーの視界は、暗闇に覆われた物置の中に戻った。

（……………………………………………や……だし……）

最期に一瞬、全身が震え。
たぬカーは召された。


終わり


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※たぬ牧場
牧場と称しているが、廃校となった学校を利用した、ただの飼育場。
たぬカーのメーカーが、素材であるたぬきを育てている。

※たぬカーのその後
年末の大掃除の時にミイラのような姿で発見され、捨てられることになった。
たぬカーは生ゴミにも粗大ごみにもできないので、メーカーが引き取ってくれる。

※親友たぬき
たぬカーとしてどこかで走っているか、あるいはもう……